戦後50・60・70・80年にあたってのJEA声明

戦後80年にあたってのJEA声明

 

私たち日本福音同盟(以下JEA)は、戦後80年を迎え、平和をつくる者として、以下のように声明します。

 

  1. 30年のふり返り(立ち位置の確認)

私たちJEAは、1995年の「戦後50年にあたってのJEA声明」(以下「戦後50年声明」)以来、戦後60年、戦後70年の節目に声明を発表してきました。

「戦後50年声明」では、日本の教会が、十五年戦争の間、国民儀礼・神社参拝という偶像崇拝の罪を自ら犯すとともに、近隣アジア諸国の教会に対してもそれを強要し、侵略に加担したことを神の御前に悔い改め、近隣アジア諸国への謝罪を表明し、赦しを求めました。その上で、私たちが将来の日本と世界に対する宣教の使命を新たな思いで果たすべく前進すること、また、そのために「聖書はすべて誤りなき神のことばであり、信仰と生活の唯一絶対の規範である」という信仰に立って主に再献身することを誓いました。

2005年「戦後60年声明」では、第4回日本伝道会議で採択された「沖縄宣言」を踏まえ、私たちの無関心と知ろうとしない罪を悔い改めました。そして「戦争の根源である憎しみ、差別、偏見、敵対心などの罪から解き放ち、隣人愛で満たしてください。21世紀を真に平和の世紀とするために、平和の君、歴史の主なるキリストを日々仰ぎ、今、ここでも、和解の福音を実現する者と私たちをならせてください」と祈りを合わせました。

さらに2015年「戦後70年声明」では、戦時下における日本の教会の罪の歴史とその悔い改めを次世代に伝えることを表明し、また聖書信仰に立つアジアと世界の諸教会と協力すること、諸外国との和解を妨げている課題に取り組むこと、小さくされた人々と共に立つこと、平和をつくり出すものとなることを表明しました。

 

  1. 現状

この間、天皇の退位及び即位に際して行われる諸行事は、日本国憲法が保障する信教の自由及び政教分離原則に重大な疑義が投じられるものでした。特に大嘗祭は、新天皇が天照大神を迎え寝食を共にして、天皇霊を受けて神になるとされる宗教儀式でした。それらについて、「平成の大嘗祭」のときには、教会内にもかなり広範な反対運動・署名運動が見られましたが、「令和の大嘗祭」では一部の動きにとどまりました。この背景には、天皇制に対する受け止め方が変遷してきた面があると共に、「戦後70年声明」で採択された「伝える責任・受け取る責任」を十分に果たせなかったことを痛感します。

私たちは「戦後60年声明」において、日本復帰後も米軍基地の75パーセントを沖縄に押し付け続けていることなどについて、無関心であったことを告白し、悔い改めの表明をしました。しかし、その後20年、宣言した課題に真摯に取り組んできたとは言い難く、解決の困難さのゆえに日米安保の危険の大半を沖縄が負担し続ける現状を変えることはできませんでした。東日本大震災での福島第一原発事故では、犠牲のシステムが戦前と変わらずに継続され、構造化している現実が明らかになりながらも、未来のための抜本的改革ができていません。

集団的自衛権行使容認に関する閣議決定(2014年)、安全保障関連法案の採決(2015年)、共謀罪法の成立(2017年)、安保関連三文書の改訂(2022年)、防衛費の増額(2023年以降)など、戦後日本の武力に拠らない平和構築が激変しています。

  1. 戦後80年の決意

戦後80年を迎え、日本の教会の罪の歴史と悔い改めを確認し、祈りと行動を次世代に継承するため、私たちはここに表明します。

私たちは聖書を誤りなき神のみことばと信じる聖書信仰に立って、現代的な諸問題を神学し、キリストにある一体性を現実のものとして行くために最善を尽くします。戦争の記憶が薄れていく中で、戦時下における日本の教会の罪の歴史を学び、悔い改めを深めつつ、国が偶像礼拝の罪に陥らないように警告し、イエス・キリストだけを主とする信仰に生きます。「政教分離」の原則が守られるように為政者のためにとりなす祈りを続けます。

私たちはキリストの十字架の下に悔い改めの実が結ばれていくことを祈りつつ、次のことを願います。

(一)神を愛し、隣人を愛すること

(二)過去の罪を伝える責任を誠実に果たすこと

(三)過去に罪を犯した根本原因を聖書に基づき再確認し、信仰と生活の遊離を繰り返さないこと

(四)戦時中と類似性をもつ事態を見抜くこと

(五)世界及びアジアの諸教会とともに平和をつくること

(六)無関心でいないこと

(七)苦しむ者たちと共に苦しむこと

(八)勇気をもって声を発し、行動すること

(九)忠実に祈ること

(十)希望をもって主なる神を信じること

 

  1. 祈り

私たちは心を合わせて祈ります。

天地万物を造られ、今も統べ治めたもう神よ。唯一の神である主よ。

戦後80年を迎えたこの年に祈ります。どうか私たちが、あなたのみを神とすることができますように。あなた以外の偽りの神々を私たちが霊の目をもって見分けることができますように。

節目毎に私たちは自らを省みてまいりましたが、その歩みは誠に不十分でした。伝えること、受けとること、協力しあうこと、平和をつくること、関心を持ち続けること、ともに苦しむこと、勇気をもつこと、祈ること、希望をもってあなたを信ずることを怠りました。神を愛し、人を愛することに未だに疎い私たちです。それらに取り組む意思をお与えください。

平和の君なるイエス・キリストよ。

今、この時代に祈ります。私たち人間の犯す争い、破壊、混乱をお赦しください。主の平和が一日も早く世界の隅々にまで実現しますように。私たちを平和の器として用いてください。自己中心の罪に気づかせ、他者と共に生きる勇気を教えてください。「神のしもべ」である為政者たちのために祈り続ける忍耐力を与えてください。

聖霊なる神よ。

来る10年を覚えて祈ります。隣人の苦しみに無関心な私たちの現状をご覧くださり、石のような頑なな心を取り除き、人々の痛みを我が痛みとする者へと作り変えてくださいますように。そのようにして神を愛し、隣人の苦しみに無関心になることから守られるように私たちを導いてください。そして神を愛し、人々を愛し、平和をつくり、福音を証する神の民としての歩みを、私たちに誠実に、勇ましく、速やかに真心もって、なさしめてくださいますように。

主よ、弱き私たちを憐れんでください。アーメン。

2025年6月4日(水)

日本福音同盟第40回総会

日本福音同盟理事長 水口 功

 

 

 

戦後70年にあたってのJEA声明

 

私たち日本福音同盟(以下JEA)は、主である神の御前で、また、生きている人と死んだ人とをさばかれるキリスト・イエスの御前で、その現れとその御国を思って、戦後70年を迎えた日本と世界に福音を証し、平和を造り出す者となるため、以下のように声明します。

 

第二次世界大戦後の日本において、聖書を誤りなき神のみことばと信じる、私たち福音派キリスト教会が結集した原点には二つの軸がありました。すなわち聖書の規範性と基本教理をないがしろにする自由主義神学との対峙、そして戦時下でイエス・キリストだけを主とする信仰告白を弾圧懐柔した天皇制・国家神道体制を標榜するナショナリズムとの対峙です。

 

1959年の「日本宣教百年記念聖書信仰運動大会宣言」は「聖書、即ち万物の創造者であり、又人類歴史の支配者である神の誤りなき御言葉によって、我らは…次の宣言をなし…証しの言葉とする。」として、以下のように述べています。

「一、我らは…一切の偶像崇拝を廃棄すべき聖書の命令に応えることに於いて、欠けたところの多かったことを神の前に反省し、痛切なる悔改めを告白する。

二、我らは聖書によって、国家と教会が、共に神の主権の下に立つ、二種の相異なる正当な秩序であることを認め、政教分離の原則に基づき、信教自由の基本的人権を保護する現行憲法を、その点に関して聖書的と認めて支持する。

三、我らは我が国に於いて、右の政教分離の原則が無視され、信仰の自由が甚だしく圧迫された過去にかんがみ、今後国家行事の中に、宗教的要素の混入することのないように監視し、かかる過誤の排除に積極的に努力する。…

以上の三点を貫いて、国家と教会との正しいあり方のために、我らは一つの聖書信仰によって協力して信仰のよき戦いを戦うことを誓う。」

 

翌年の1960年、この流れの中から、後にJEAの設立三団体の一つとなる日本プロテスタント聖書信仰同盟(JPC)が成立し、特別委員会として聖書翻訳委員会と伊勢神宮対策委員会が設けられました。前者の働きを受けて1961年に新改訳聖書刊行会が設立され、1970年に新改訳聖書が出版されました。後者は1967年以降の靖国神社国家護持反対運動につながっていきました。そして1968年、「聖書はすべて誤りなき神のみことばであり、信仰と生活の唯一の基準である。」(JEA規約第3条1)との信仰によってJEAが設立されたのです。

 

私たちJEAは、1995年の「戦後50年にあたってのJEA声明」の中で、第二次世界大戦時下に、皇国史観のナショナリズムに迎合して神社参拝という偶像礼拝を犯し、皇国の道に従うことを第一としてアジア諸国への侵略加害に加担したキリスト教会の罪責の悔い改めと謝罪を表明しました。2005年の「戦後60年にあたってのJEA声明」では、その土台の上に第四回日本伝道会議(2000年)の「沖縄宣言」を引用し、和解の福音の使者として、遣わされた所で福音を宣べ伝え、平和を造り出す者となる決意を言い表し、それぞれの場所で取り組みを進めてきました。しかしながら、この10年の歩みを振り返るとき、それらの言葉の内実を問い、具体化することにおいて十分であったとはいえません。そのことを率直に認め、主の御前に悔い改めを新たにします。

 

戦後70年を迎え、戦時下の生の証言を聞くことが難しくなりつつある今、自国中心の歴史修正主義が台頭し、アジア諸国の人々へのヘイトスピーチ問題などにみられる民族差別が顕在化しています。国旗・国歌の強制、一部の閣僚による神社参拝の常態化など、信教・思想の自由を脅かし、天皇制・国家神道体制の復活につながるような動きもみられます。また特定秘密保護法制定、沖縄の米軍基地問題、閣議決定のみによる集団的自衛権行使容認の流れの中で、戦後日本のあり方を大きく変更しようとする安全保障関連法案が国会で審議されています。キリスト教界においては、戦前と同じような日本的キリスト教を標榜し、皇国史観のナショナリズムに迎合するような動きが再びみられるようになってきています。

 

このような中で、私たちJEAは、戦時下における日本の教会の罪の歴史と悔い改めの決意を次世代に伝えます。そして戦後日本の福音派キリスト教会結集の原点を改めて心に刻み、現在の日本において、聖書を誤りなき神のみことばと信じる聖書信仰のゆえに、神の似姿として創られた人間の尊厳といのちを脅かし、敵意と争いを生み出すあらゆる力に抵抗し、イエス・キリストの十字架にあらわされた神の愛を人々に伝えると共に自ら生き、家族・地域・社会でその愛による平和と和解が実現していくように努力します。また、国家と社会に対して聖書の規範性とイエス・キリストの主権性を告白し、信教・思想の自由を守り、イエス・キリストだけを主とする信仰に生きることを通して、国家と教会の正しい関係を指し示します。そして、聖書信仰に立つアジアと世界の諸教会と連帯・協力してキリストの福音を世界に満たすと共に、なおも諸外国との和解を妨げている課題に取り組むことを通して和解の福音を生き、さまざまな虐げの中にある人々、社会的弱者、小さくされた人々と共に立ち、平和を造り出す者となることをここに表明します。

 

「見よ。ひとりの王が正義によって治め、首長たちは公義によってつかさどる。」イザヤ書32章1節

 

2015年6月3日

日本福音同盟第30回総会

理事長  中台孝雄

総会議長 梅田登志枝

 

 

戦後60年にあたってのJEA声明

 

私たち日本福音同盟は、10年前の第10回総会(1995年6月14日)において、日本と世界に対して「戦後50年にあたってのJEA声明」を出しました。その主旨は、第一に《戦後50年の日本の教会の歩みは、それ以前の戦時下(満州事変から太平洋戦争に至る「15年戦争」の間)のキリスト教会の歩みを抜きにしては考えられなかったことに改めて気づき、その過去の歩みへの真摯な反省と真実な悔い改めを表明したこと》、第二に《そのことによって日本の教会の歩みを近隣のアジア諸国や世界に開かれたものとし、時代と歴史に対して責任を負う立場を明確にして、将来の日本と世界に対する福音宣教の使命を果たしたいと願ったこと》にあります。

そのことを踏まえて私たちは、その後の10年間を通して、過去に犯した戦勝祈願や神社参拝等の過ちを再び犯さないように、教会のあるべき姿を聖書から検証し、啓発してきました。また、国家が憲法の平和主義を踏みにじって戦争への可能性を選択することがないように見張りの役をし、折りにふれて反対声明や要請文を首相や政府機関に送付し、警鐘を鳴らしてきました。しかし、国家に対する私たちの働きかけが十分になされたとは言えず、国家が有事法制を整備しつつ憲法改正まで視野に入れて戦争への道を進んでいるように思われる現状は、まことに残念です。

 

私たちは福音的なキリスト者として、戦後間もなく制定された日本国憲法の掲げる《国民主権に基づく人権尊重の徹底した平和主義・国際主義》が、根本において福音の主であるイエス・キリストの理念と精神に合致するものであることを認めるので、それに大きな誇りを抱くとともに、その実践と実現のために力を尽くしたいと念願しています。この日本国憲法は、前文に「再び戦争への惨禍が起こることのないようにすることを決意し」と明言しているように、過去の15年戦争への深い反省に立ち、「恒久の平和を祈願し」て、「平和を維持し、専従と隷従、圧迫と偏狭を地上から永遠に除去しようと務めている国際社会において名誉ある地位を占めたい」との熱い思いから生まれました。「専従と隷従、圧迫と偏狭」の大きな要因であった絶対天皇制に基づく人権抑圧の極みである軍国主義・国粋主義を一掃し、国民主権に基づく人権尊重の徹底した平和主義・国際主義へと向かう新しい日本国を建設する道に歩み出しました。

そのために日本国民は、「正義と秩序を基調とする国際平和を誠実に希求し、国権の発動たる戦争と、武力による威嚇又は武力の行使は、国際紛争を解決する手段としては、永久にこれを放棄する」と誓い、「陸海空軍その他の戦力は、これを保持しない。国の交戦権はこれを認めない」と宣言する第9条を、平和主義のかなめに据えました。戦後60年、それ以前の戦争に明け暮れた大日本帝国とは全く違って、日本国が戦争に加担することはなく、近隣諸国とはもちろん、世界のどの国とも平和に過ごすことができたのは、日本国憲法があったからでした。

ですから、現今の有事法制化に伴う第9条改正(実は改悪)の動きを阻止するため、私たちはあらゆる努力を傾けます。「キリストこそ私たちの平和である」(エペソ2:14)と信じるキリスト者として、私たちは憲法第9条を守るために、キリストにあって「心を一つにし、ともに奮闘」することを誓います。

2000年6月に沖縄県宜野湾市で開かれた第四回日本伝道会議の「沖縄宣言」で、60年前の太平洋戦争の末期、唯一日本国内の戦場として言語に絶する惨禍に見舞われ、戦後も約27年間米軍の施政権下に置かれて分断の苦しみを味わった沖縄に言及しました。「この会議が沖縄で開かれたことによって、私たちは沖縄の歴史に触れ、和解の福音を深く理解するようになりました。沖縄は薩摩藩の侵略に始まり、明治政府の『琉球処分』によって天皇制の帝国日本に併合されました。太平洋戦争においては日本全土の防波堤とされ、戦後の講和条約締結後も信託統治領として米軍の軍政下におかれてきました。1972年、日本国に施政権が返還されたものの、今なお米軍基地の75パーセントが沖縄に集中しています。そのため沖縄の人々の生活は大きく制約され、さまざまな苦難を負わされています。しかし、私たちの多くの者はこの現実を知ろうとせず、無関心であったことを告白し悔い改めます。」

宣言文は次の段落で、「このことは歴史認識の欠如に起因するだけではありません。戦争や紛争を生み出した罪が、今の私たちの無知や無関心の背後にも潜んでいます。かつて帝国日本をアジア侵略に駆り立てた罪が、今、形を変えて私たちの多くの者の中に侵略と戦争の責任を認めない姿勢として現れています。罪はいつも他者の苦悩に共感する力を奪い取り、相互の関係を破壊します」と書いています。私たちはこの宣言を生かしきれず、なお無関心と知ろうとしない罪の中にあることを悔い改めます。そして今後、この宣言に示された課題と真摯に取り組み、宣言を生かすように努めます。

宣言文は、すばらしい〈祈り〉 で結ばれています。

「天地の造り主なる主よ。20世紀を平和の主に従わず、戦争の世紀にしてしまった私たちの罪をお赦しください。……

平和の神よ。21世紀を前に、私たちを聖霊に満たし、和解の福音の使者とならせてください。遣わされた所で福音を宣べ伝え、平和を造り出す者とさせてください。

愛の主よ。私たちを戦争の根源である憎しみ、差別、偏見、敵対心などの罪から解き放ち、隣人愛で満たしてください。……

21世紀を真に平和の世紀とするために、平和の君、歴史の主なるキリストを日々仰ぎ、今、ここでも、和解の福音を実現する者と、私たちをならせてください。」

 

21世紀を前にして出された「沖縄宣言」から5年、戦後60 年を迎える今、この祈りを新たに私たち一人一人の祈りとし、21世紀を真に平和の世紀とするために憲法第9条を世界に広め、福音宣教の使命を果たすために、「私を遣わしてください」(イザヤ6:8)と祈りつつ自分自身を主にささげます。

平和の主よ。私たちをあわれみ、私たちを助けてください!

 

2005年6月8日

日本福音同盟第20回総会

理事長 小川国光

総会議長 廣瀬 薫

 

 

 

戦後50年にあたってのJEA声明

 

私たち日本福音同盟(JEA)は、主である神の御前に、また日本と世界に対して、戦後50年にあたって声明いたします。

敗戦直後の日本社会は、あらゆる面で大きな転換期を迎えました。その自由と混乱の中で、福音宣教の好機に恵まれた日本のキリスト教会は、新たな立ち直りを期待しつつ、今日まで、福音宣教に励んできました。特に聖書信仰に立つ福音的諸教会は、着実な成長をとげ、日本福音同盟を結成することとなり、一層の協力と一致を目指しながら、日本と世界に対する宣教の拡大に努めてきました。それにもかかわらず、戦後半世紀を経過しようとしている現在も、宣教の働きにふさわしい結実を見ているとは言えません。

日本の教会の戦後50年の歩みは、戦時下のキリスト教会の歩みを抜きにしては考えられません。戦時下と言われる「昭和15年戦争」の間、とりわけ第二次世界大戦中の天皇制・国家神道体制に諸教団・諸教会を包括する形で発足した「日本基督教団」は、天地の創造者・歴史の支配者である唯一神への信仰の告白を曖昧にしたことにより、国民儀礼・神社参拝に参与し、戦争の勝利のために祈願し、国家の植民地政策に積極的に協力しました。こうして私たち日本の教会は全体として、偶像崇拝の罪を犯すとともに、周辺諸国、特にアジア諸国への侵略に加担し、教会が世にあって使命を果たす力を著しく失いました。

その結果、戦後の日本のキリスト教会は、多大な負の遺産を受け継ぐことになり、しかも、私たちはこの事実に目をむけることなく、教会全体としての悔い改めも懺悔も表明しないまま、今日に至っています。1960年代後半から浮上した「靖国神社国家護特法案」に対して、信教の自由を守る立場から進められた反対運動も、教会内の一部の動きにとどまらざるをえませんでした。それでも1989年に生じた「即位・大嘗祭」への反対署名運動では、教会にもかなり広範な賛同の動きがみられました。それを契機に、戦時下の教会の罪を反省する機運がようやく高まりつつある中で、戦後50年を迎えました。

私たちは今、この歴史の大きな節目にあたり、日本の教会が置かれたこのような立場を厳粛に受けとめ、偶像崇拝の罪を自ら犯すとともに、近隣のアジア諸国の教会に対してもそれを強要し、また、アジア諸国への侵略に加担した日本の教会の罪を神の御前に悔い改め、近隣のアジア諸国の教会に対して心から謝罪し、赦しを求めます。

私たちの願いは、明日の日本と世界に対する宣教の使命を果たすために、新たな思いをもって前進することです。日本の宣教土壌は、独自の宗教的・文化的伝統を持ち、今もなお容易でない様々の困難を抱えています。しかし今一度固く「聖書信仰」の原理に立ち、福音にふさわしい内実を伴った教会へと変革され、教会のかしらである主イエス・キリストに再献身し、聖霊の力によって福音を日本と世界に満たしてまいります。

21世紀を間近にしている今日、私たち、日本の主にある諸教会との協力と一致を目指すとともに、世界の主にある諸教会とも祈りの連携を保ちつつ、キリストにある「信仰と希望と愛」をもって、宣教の働きに積極的に取り組む決意を、ここに改めて表明いたします。

「アーメン。主イエスよ、来てください。」

 

1995年6月14日

日本福音同盟第10回総会

総会議長 蔦田公義

理事長  舟喜 信

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